[Takaki] 入学して良かったと思う瞬間
【Takakiの元吹奏楽部員応援記】
そういえばもう高校受験シーズンです。県立高校前期選抜試験は既に合格発表が出ていますし、10日からは東京・神奈川の私立高校入試が始まります。私もいま家庭教師をしていますが、今年は受験生を担当していないのであまり関係ありませんが、来年度は受験生を担当する予定です。責任重大だな〜と思います。。まず受験生を担当する為には入試制度を理解しなければなりません。しかし県立高校入試制度は私の頃と大幅に変わっています。私の時はまだ普通科高校に推薦入試(いまの前期選抜に相当)はありませんでした。その代わり第一志望校・第二志望校の2校を書くという妙な制度でした。それが今では内申点は絶対評価となり、学校によっては前期選抜(推薦)で定員の6割を入学させるように変わりました。
推薦入試自体は自分達の頃に無かったので羨ましいなくらいにしか思いませんが、絶対評価というのは現状では問題が多すぎるように思います。まず神奈川県の2大都市である川崎市と横浜市で評定平均が大幅に違っているというのはおかしな話です。基本的に横浜市の方が良い評定がつきやすいのですが、中でも学校によっては評定1の生徒がほどんどいない学校もあるそうです。これでは公平さのかけらもなく、15年ほど昔まで行っていたアチーブメントテスト(県下一斉統一試験)の方が一発勝負という短所があっても、公平性はあるような気がします。
私が卒業した慶應高校も13日に試験があるそうです。一応調査書なども提出するのですが、県立高校とは違い基本的には試験一発勝負型の入試です。私も4年前の2月13日に受験しました。当日は第一志望校だったので、やはりそれまでに受験した滑り止めの時よりも緊張していました。ただ応援に来て下さった塾の先生方と話している間にだいぶ緊張もほぐれ試験に臨みました。試験は英語・国語は非常に良くできたのですが、最後の数学は完全にお手上げ状態…初めの問題が分からなかったので、分かる問題から解こうと問題を一問ずつ見るもどれも難しく結局最後まで一問も解けず。。それでも白紙では100%不合格なので、どうにかパニくっている頭を動かし答えを書きました。その後試験からの帰り道は悔しくて悲しくて泣きそうになりながら帰った記憶があります。結局どうにか合格したことが分かった時は本当にホッとしました。
私もこのように苦労して志望校へ入学しました。当たり前のことですが、高校はどこの学校でも必ず入学試験があるわけで、高校生になるにはその試験を苦労して突破しなければなりません。それが住所によって入学する学校が振り分けられる中学校までとの大きな違いです。しかしこの違いがあるからこそ、その学校へ入学して良かったと思う瞬間が高校にはあると思うのです。私ももちろん高校に入って「この学校に入って良かった」と思える瞬間がいくつもありました。その中には高校野球応援に関することもあります。例えば前回お話ししたスコア的にも試合内容的にもきわどい試合に勝ち、「若き血」を演奏する時、塾歌を演奏する時は本当に嬉しく「この学校に入って良かった」と思いました。最近ではやはり1月31日にそう思いました。
1月31日にそう思えたのは夜にOBの方々の祝賀会で食事を戴いた時のことです。話は遅くまで盛り上がり高校野球のことだけでなく、勤続30年以上になる名物教師の話、大学野球部の話、大学カリキュラムの話など多岐に渡りました。しかし閉店の時間になってしまう頃、ちょうどその場に大学応援指導部OBの方がいらしたこともあり何か学生歌を歌って閉めようとあるOBの方が提案されました。そこで歌ったのが「慶應賛歌」という曲です。この曲はゆっくりとしたテンポで普段は慶早戦やセレモニー、応援アトラクションの際の塾旗入場の時に演奏します。しかしこの他にも部活引退式の最後に歌ったり、後はOBの結婚式の最後に歌ったりする曲で、その場にいる参加者全員で肩を組んで歌います。この慶應賛歌を歌った時、私は入学して良かったとしみじみ思いました。
この歌をゆっくりとしたテンポで歌っていると今まで応援であったいろいろなことを思い出しました。まだ1年生の頃に応援歌が複雑に思えてよく分からず先輩に怒鳴られたこと、2年生になって苦しい試合が続きこちらも炎天下ふらふらになりながら演奏したこと、最後の3年生の初戦で大敗して歩けなくなるくらいに横浜スタジアムで泣いたことなどなど。3年間自分なりに努力してこれたからこそ、いま喜べるのかなと感じました。きっとその場にいたOBの方々もそれぞれいろいろなことを歌いながら思い出されていたことでしょう。自分が40年以上前に甲子園でプレーしていた時のことを思い出されている方、まだ高校生の時に一般生徒として野球部を応援していた時のことを思い出されている方、いろいろな方がいらしたと思います。45年間というのは悔しい思い出を積み重ねるには十分過ぎる時間でした。3月、甲子園でその45年分の悔しさが晴らせる結果を祈るばかりです。
◆いつも投票ありがとうございます
そういえばもう高校受験シーズンです。県立高校前期選抜試験は既に合格発表が出ていますし、10日からは東京・神奈川の私立高校入試が始まります。私もいま家庭教師をしていますが、今年は受験生を担当していないのであまり関係ありませんが、来年度は受験生を担当する予定です。責任重大だな〜と思います。。まず受験生を担当する為には入試制度を理解しなければなりません。しかし県立高校入試制度は私の頃と大幅に変わっています。私の時はまだ普通科高校に推薦入試(いまの前期選抜に相当)はありませんでした。その代わり第一志望校・第二志望校の2校を書くという妙な制度でした。それが今では内申点は絶対評価となり、学校によっては前期選抜(推薦)で定員の6割を入学させるように変わりました。
推薦入試自体は自分達の頃に無かったので羨ましいなくらいにしか思いませんが、絶対評価というのは現状では問題が多すぎるように思います。まず神奈川県の2大都市である川崎市と横浜市で評定平均が大幅に違っているというのはおかしな話です。基本的に横浜市の方が良い評定がつきやすいのですが、中でも学校によっては評定1の生徒がほどんどいない学校もあるそうです。これでは公平さのかけらもなく、15年ほど昔まで行っていたアチーブメントテスト(県下一斉統一試験)の方が一発勝負という短所があっても、公平性はあるような気がします。
私が卒業した慶應高校も13日に試験があるそうです。一応調査書なども提出するのですが、県立高校とは違い基本的には試験一発勝負型の入試です。私も4年前の2月13日に受験しました。当日は第一志望校だったので、やはりそれまでに受験した滑り止めの時よりも緊張していました。ただ応援に来て下さった塾の先生方と話している間にだいぶ緊張もほぐれ試験に臨みました。試験は英語・国語は非常に良くできたのですが、最後の数学は完全にお手上げ状態…初めの問題が分からなかったので、分かる問題から解こうと問題を一問ずつ見るもどれも難しく結局最後まで一問も解けず。。それでも白紙では100%不合格なので、どうにかパニくっている頭を動かし答えを書きました。その後試験からの帰り道は悔しくて悲しくて泣きそうになりながら帰った記憶があります。結局どうにか合格したことが分かった時は本当にホッとしました。
私もこのように苦労して志望校へ入学しました。当たり前のことですが、高校はどこの学校でも必ず入学試験があるわけで、高校生になるにはその試験を苦労して突破しなければなりません。それが住所によって入学する学校が振り分けられる中学校までとの大きな違いです。しかしこの違いがあるからこそ、その学校へ入学して良かったと思う瞬間が高校にはあると思うのです。私ももちろん高校に入って「この学校に入って良かった」と思える瞬間がいくつもありました。その中には高校野球応援に関することもあります。例えば前回お話ししたスコア的にも試合内容的にもきわどい試合に勝ち、「若き血」を演奏する時、塾歌を演奏する時は本当に嬉しく「この学校に入って良かった」と思いました。最近ではやはり1月31日にそう思いました。
1月31日にそう思えたのは夜にOBの方々の祝賀会で食事を戴いた時のことです。話は遅くまで盛り上がり高校野球のことだけでなく、勤続30年以上になる名物教師の話、大学野球部の話、大学カリキュラムの話など多岐に渡りました。しかし閉店の時間になってしまう頃、ちょうどその場に大学応援指導部OBの方がいらしたこともあり何か学生歌を歌って閉めようとあるOBの方が提案されました。そこで歌ったのが「慶應賛歌」という曲です。この曲はゆっくりとしたテンポで普段は慶早戦やセレモニー、応援アトラクションの際の塾旗入場の時に演奏します。しかしこの他にも部活引退式の最後に歌ったり、後はOBの結婚式の最後に歌ったりする曲で、その場にいる参加者全員で肩を組んで歌います。この慶應賛歌を歌った時、私は入学して良かったとしみじみ思いました。
この歌をゆっくりとしたテンポで歌っていると今まで応援であったいろいろなことを思い出しました。まだ1年生の頃に応援歌が複雑に思えてよく分からず先輩に怒鳴られたこと、2年生になって苦しい試合が続きこちらも炎天下ふらふらになりながら演奏したこと、最後の3年生の初戦で大敗して歩けなくなるくらいに横浜スタジアムで泣いたことなどなど。3年間自分なりに努力してこれたからこそ、いま喜べるのかなと感じました。きっとその場にいたOBの方々もそれぞれいろいろなことを歌いながら思い出されていたことでしょう。自分が40年以上前に甲子園でプレーしていた時のことを思い出されている方、まだ高校生の時に一般生徒として野球部を応援していた時のことを思い出されている方、いろいろな方がいらしたと思います。45年間というのは悔しい思い出を積み重ねるには十分過ぎる時間でした。3月、甲子園でその45年分の悔しさが晴らせる結果を祈るばかりです。
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